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丹波布について

丹波布について

「丹波布」は江戸の末頃から明治の初め頃まで、佐治(さじ)地域(現在の丹波市青垣町佐治)周辺の、農家によって織られ、京都、大阪などへ売られていました。また当時は縞貫(しまぬき)、佐治木綿(さじもめん)などとも呼ばれていました。

時代の流れとともに一時は衰退しましたが、昭和に入ってから民芸研究家、柳宗悦(やなぎむねよし)氏によって価値を見いだされ、その後、上村(うえむら)六郎氏(当時大阪学芸大学教授)、地元の有識者や担い手となる女性たちなど復興にかかわる人々の尽力により、今日まで伝承が続けられてきました。この時柳氏によって、「たんばぬの」と銘々され、その名が全国に知られることとなりました。

これらの功績によって、昭和32年、当時の文化庁より、『国指定選択無形文化財の「記録作成等を講ずべき無形文化財」』に認定されます。その後、平成5年に兵庫県の「県指定伝統的工芸品」の指定を受けました。

復興された「丹波布」は、細々と佐治の町やその周辺で織られていましたが、復興当時の担い手達の高齢化によって再び後継者問題が浮上し、旧青垣町公民館が昭和49年から「後継者育成講座」を開設しました。その後、名称や形態を変えながら、伝承事業は継続されていきます。そして、平成10年に丹波布の技術工程を継承するために、足立康子氏を講師として、丹波布伝承館が開講しました。以来、丹波布の技術工程は大切に守られ、伝えられています。

丹波布の特徴は、綿を紡ぎ、主に地元の草木で染色し、手織り機(ておりばた)で織られ、全ての工程が手作業で出来ています。又、緯糸に少量のつまみ糸(絹糸)を織り込むことも特徴の一つです。

自然のもつ色彩と人の手によって生み出された、ふっくらした風合いが多くの人に親しまれています。

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